今度は優しい恋がしたい 2


頭が痛い。ズキズキと容赦ないその痛みに顔を顰めて、机に突っ伏した。心配そうに声を掛けてくれる同級生には悪いが、今はそれすら煩わしい。少しだけ。重々しい息を吐き出した。

「伊塚君大丈夫?」

また声を掛けられた。ゆっくりと痛む頭を持ち上げれば、そこに居たのは以前友達が可愛いと言っていた子だった。羨ましいぞチクショウと嘆く友達が頭に浮かぶ。だからどうした、俺は頭が痛い。

「あぁ、平気……」
「でも辛そうだよ?」
「大丈夫だから、」
「でも、」

心配するくらいなら、寝かせてくれ切実に。頭痛のせいで気持ちが荒立つ。乱暴に言葉を返さないでいれたのは、教室だったからだと思う。しかし頭が痛い。尚も心配そうに言葉をかけてくる彼女に、失礼なことだけれど心底苛立った。

「本当に大丈夫だから、気にしないで」
「そ、っか……」
「うん、ありがとう。ごめんな」

もう何も耳にしたくないと再び机に突っ伏した。彼女の気配は未だに離れない。近くに誰かだいるのだと考えて、さらに気持ちが悪くなる。最悪だ。別に彼女は悪くないのに。自己嫌悪に陥った俺の耳に不鮮明な声が届いた。

「無理するからだよ」

すっと、頭を撫でられた気がした。ひやりと冷たい感触があった気がして、でもそれは気のせいだと理解する。声の持ち主は、人だけど人じゃない。なのに気持ちよかった。

「授業は代わりに聞いておくから、寝てていいよ。後で教えるから」

そう言った声はどこまでも優しくて、心地よくて。どうしよう、ひどく泣きたい気持ちになった。泣いて泣いて泣き暮れて、落ちる涙を触れることの叶わない、その指で拭ってほしい気がした。

「ありがとう」

呟きは誰に届くこともなく、教室に鳴り響いた予鈴に掻き消された。離れていく人の気配を、閉じた視界で感じ取る。それでも頭を撫でる手は離れなかった。それに安心感を覚えたのは、どうしてだろう。

どうして安心したんだろう。
どうして心地良いと感じたんだろう。
どうして泣いてしまいたいと思ったんだろう。

どうして、

「起きた?」

(大丈夫だなんて、あの時思ったんだろう)

見慣れた天井を背に、自分の顔を覗き込むそいつを見て瞬きを繰り返す。ここは自分の部屋だ。煩わしい頭痛も、心配そうに声を掛けてきた彼女の姿もない。周りを見渡して、さっきのは夢だったと気が付いた。

「今何時?」
「お昼近く。早く起きた意味ないねえ」
「うるせー」

軽い嫌味を受け流す。嫌そうに顔を顰めた俺を見て、そいつは苦笑いを浮かべた。仕方ないなぁ、とでも言っているような顔だった。穏やかな表情に、一瞬息が詰まる。初めて見た、気がした。そんな。

「宏一郎のお母さん買い物行ったよ」
「何、夕飯?」
「ショッピング」
「はぁ?」

ショッピングって、あの人は何を買うつもりなんだ。この前新しい鞄を買ったのだと自慢してきた姿は記憶に新しい。小さく溜め息を吐いてベットから立ち上がった。とりあえず、お腹がすいた。

「ご飯?」
「そうだけど」
「お母さんが何か作って行ったよ」

一体それは何時だ。気になったが、何も言わなかった。早く起こしてくれよと思ったが、こいつは案外気が回る。そして優しい。だから俺のことを起こさずに、そのまま寝かせておいたんだろう。

(別に起こしてくれて構わなかったのに)

分かっている。こいつは朝俺を起こしたことを、きっと気にしていた。まるで気にしていない様を装って、その裏では色々と考え込む。そういう人間なんだ。冷めた昼食を口にしながら考えた。

「なあ」
「なあに?」

何が楽しいのか、宙に浮かんだままのそいつはくるりと振り返った。先程まで外を眺めていたそいつの瞳が自分を見る。その瞳があまりに透明で、その水晶体に掴まれる。やっぱり、こいつは自分とは違うのだ。

「どこか、行きたいところあるか」
「……え?」
「暇だし、どこか行こう」

どうしてこんなことを言ったのかは分からない。そもそも、声を掛けた理由さえ、俺には理解できていなかった。ただ、どうしても話しかけなくてはいけない気がした。その目を自分に向けないと駄目な気がした。

「どこか行きたいところ、ねえの?」
「……本気で言ってるのそれ」
「当たり前だろ」
「寂しいやつって、思われるよ」
「それくらい気にならないって」

俺に引く気がないのだと悟ったそいつは、また苦く笑った。とても苦々しい、微笑み。さっきと同じように、仕方ないとでも言うように。躊躇いがちにそいつは口を開いた。そっと声がこぼれる。

「初めて会った、路地」

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