約束 1


自分の愛は重たい。

仕事がなく、予定も入っていない休日。昔のくせでつい昼近くまで眠ってしまう。カーテンの隙間から射しこむ日差しに瞼を持ち上げ、時計を見れば11時を過ぎていた。気だるい。

もう少し寝ていようかと、枕に顔を埋める。徐々にうとうととしだした頃、廊下を走る足音がした。パタパタと軽いそれは、この家に慣れている風だった。誰だ。鈍い頭で一瞬考え、しかし該当する人物は一人しかいないことに気が付く。

「宏一郎さーんっ」
「ぐっ、」

勢いよく寝室のドアを開け、ベットに伏せている俺に躊躇なく飛び掛かってきた一人の女の子。いくら自分より小さくとも軽くとも、勢いがあれば苦しい。少しは手加減とかしろよと内心悪態をつき、自分の上に乗り上げる人物を見た。

「……生花」
「おはようございます宏一郎さん。もうお昼ですけどね」
「おはようおそよう退いて」

にこにこと楽しそうに生花が笑う。退く気配のない生花に、自然とため息が漏れた。勘弁してくれ本当に、なんでこんな朝から。生花は気にしてない素振りで、そっと上から降りた。少し胸が苦しくなる。

「駄目ですよ、休日だからって遅くまで寝ていたら」
「あぁそうだね。君に襲撃されるからね」
「起こしたんです!襲ってません!」
「はいはい」

心外だと憤る生花を軽くいなし、リビングにまで移動する。後ろから文句を言う生花は相変わらず元気だった。ひっそりと安心して、そしてテーブルの上にある物を見て固まった。スーパーのレジ袋だ。

「……ねぇ」
「はい?」
「君、料理できないよね」
「出来ませんねえ」
「なんでスーパーの袋があるの」

嫌な予感しかしない。後ろを振り向けば、満面の笑みを浮かべた生花がいた。その顔が物語るのは一つしかない。生花はまた楽しそうに笑って口を開いた。

「作ってください」

断られるとは思っていない顔だ。実際、俺はその要求を断ったことがない。溜め息を一つ吐き出して、レジ袋を手に持った。どうしてこう、俺は彼女に甘いのか。理由は一つしかない。生花に尋ねた。

「なに、フレンチトースト?」
「はいっ」
「……ちゃんと浸さないとあまり美味しくないと思うよ」
「え、」
「何か適当に作るから、座ってて」

衝撃を受けた顔をする生花を放置して、キッチンに立つ。リビングを見れば、生花はソファで寛いでいた。回復が異様に早い。テレビを点け、チャンネルを回していく姿は見慣れたものだ。

手を動かしながらぼんやり考える。習慣化したこの休日を迎える自分。にこにこと楽しそうに笑う彼女。脆弱なまでに白い肌、分かりにくい気遣い、愛を訴える瞳、日を透かさない躰。生きている、彼女。

「出来たよ」
「わぁっ!美味しそうっ」
「それはよかったね」

テーブルの上に置かれた料理を見て、生花は目を輝かせた。大した料理じゃないだろうに、どうしてそんなに喜ぶんだか。理由は全く分からない。それでも彼女の笑みを見ただけで暖かくなる胸は。どうしようもない。

「宏一郎さんは、いいお嫁さんになりますね」
「勘弁してよ」
「えー。結構有り得そうですよ」
「まさか」

あるわけないだろ。言いそうになって、でもやめた。言っても詮無い事だ。むなしくなるだけだ。適当に話を流して、その話題を打ち切る。納得していないような顔をしながら、生花は何も言わなかった。

あぁ、ほらそういう所が。

「昔から上手だったんですか?」
「いや、普通だったよ」
「最初から?」
「俺案外要領良いみたいだから」
「なんて嫌味」

くすりと生花が笑う。その姿はよく見知ったものだった。あの中学生の頃、よく目にしてきたのもだった。穏やかで、暖かい微笑み。細くなる瞳も、伏せられたような睫も、弧を描く唇も、柔らかな声も全部。

生花は、中学生の頃に出会った幽霊だった。生き写しにしては、あの一年間で得た人物像と合致しすぎている。けれど問題なのは、そこじゃない。問題なのは、

「あー、小さい頃の宏一郎さん見てみたい」
「……無茶言うなよ」

問題なのは、彼女は俺より年下で、あの一年を知らない、ということだ。

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