曖昧


好きだよ。

心臓をどきどきと高鳴らせて、体温を上がらせて、数回、口を開閉させて。そうしてようやく言い表した、告白の言葉だ。自分なりの精一杯の、告白。けれど、返事は存外にもあっけないものだ。

知ってるよ。

本に落としていた視線をこちらに向け、涼しげな目元を崩すことなく。真面目な印象を与えるノーフレームの眼鏡。そのレンズ一枚向こうにある、奇麗な黒、瞳。

――失恋したと、悟る以外なかった。

(のに、)

ちらり。横を見る。隣には彼女が。恋をしていると、明確に伝えた相手が。教授の話を聞きながら、静かにノートを取っている。伏せた目元は、何故だろう。どうしようもなく胸を高鳴らせた。ただ、その一瞬だけで。

「じゃあ、今日はここまでね」

教授の声が響く。それを皮切りに、教室内は一斉に騒がしくなった。その雑踏に紛れながら、自然と口が開いた。

「好きだよ」

周りに混ざるような声、大きさ。前を見たままの自分。ノートを片付ける彼女。今日で一体、何度目の告白だろうか。諦めることができないままに続いているそれは、カウントするには遅すぎた。

「――……知ってるよ」

返事は小さく、唐突。そして中身は曖昧だ。

カタリ。彼女は席を立つ。荷物はちゃんとまとめられている。何もおかしい所はなかった。返事の内容以外には、どこにも。

(まず、あれって返事なの)

キャッチボールは成立。でも中身は杜撰。しかも彼女は一度たりとも、こちらを見ていない。つまり、可能性はゼロ?ならどうして隣に座るの。俺から告白されたくて?でももう何度も告げている。

疑問は巡る。答えは何一つとして見つからないまま。
(でも、でもさ)

「……今日も、返事してくれたなあ」

これで軽く満足している自分もいる。だって仕方ない。このやり取りは、半年ほど続いていて、いつ彼女がうざがってもどうしようもないのだから。

たとえこれを、臆病という人がいても。



「振るならさあ、ちゃんと振ってほしいよなあ!」

目の前の友達がそう言うのを、少しどきりとして聞いた。それは暗に、俺に言っているのかと勘繰る。けれど、どうやら違うらしかった。彼は続ける。

「曖昧な返事じゃ期待すんじゃん! なのに結局はごめんて! じゃあ話しかけんなよ笑い掛けるなよ惨めだろ!」

そう言ってしまうと、今の俺はどうなるのか。なにも言えずに黙り込んだ。少し、頭の中がごちゃ混ぜになって、どうしよう。

話しかけるのは俺。だけど曖昧な返事をしたのは彼女。つまり、現状へと導いたのは誰だ。俺の気がする。彼女の気もする。でも俺は、自分に非があるなんて思っていない。だって、ただ好きだと告げただけなんだ、俺は。

「じゃあ諦めたら?」

一人が面倒臭そうに言う。余計に傷付くだけだぜ。そうだろうか。そうなんだろう。俺みたいに、馬鹿でないのならば。

友人は、その一言が欲しかったのかもしれない。次の日には、違う、他の女の子を可愛いと言っていた。合コンがしたいと呟いていた。そうしてすぐさま行われる合コン。埋まる予定、決まるメンバー、場所、時間。それを見て、ぼんやりと思った。

なんてあっけない、恋の終わり。

自分の終わりも、あんな感じに終わってしまうんだろうか。残像を掻き消すように、つじつま合わせの時間の中。無理矢理に、埋めるようにして。

(……嫌だなあ)

そんな、あっけなくこじつけで哀しい終わり。俺は嫌だな。だって、だって俺は。

隣に人の気配を感じた。隣を見れば彼女が、涼しげに椅子を引いている。ゆっくりと席について、何もなかった様に腰を下ろす。日常的で、ありふれた光景。この女性の日常の中に、俺の告白は組み込まれているんだろうか。

彼女は一度もこちらを見ない。教授が現れるのを、いつものように待っている。その平素の姿に胸が痛んだ。現実を叩きつけられた気がした。いつもと何一つとして変わらない瞬間が、どうしようもない衝撃を与えた。

俺の告白はとても軽くて、軽薄で。どんなに心が入っていても、想いを乗せていたとしても、彼女には伝わらないのかもしれない。
――否、伝わっていない。

どうしよう、悲しい。
それはとても悲しくて、切なくて。胸が痛い。張り裂けそうだ。
泣いて泣いて泣いて、人目も気にせず崩れてしまいたい。

あぁ、これが
(失恋の痛み、かなぁ)

思わず顔を伏せる。隣で動く気配を感じたけど、頭を上げることは出来なかった。下を向く俺に、けれど声がかけられる。

「次は、そんな感じに、必死に、貴方の言葉が欲しい」

淡々として、どこか優しい声がする。俺は何も言えなくて、でも何か返事がしたくて。ゆっくりと、頷くことで精一杯だった。その拍子に、一粒だけ涙がズボンに染みをつくる。ふと、空気が揺れる音がした。

「――……月が、綺麗ですね」

それは、前回の授業で題材にされていた言葉だった。




[曖昧]
2012/12/28
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